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損害賠償額の算定
「適正な賠償額」とは裁判所で認められると思われる賠償額のことです。しかし,交通事故損害賠償では諸々の要素が複雑に絡み合うので,簡単ではありません。
最近は,被害者専門とか,保険会社提示額の●倍の賠償額を獲得したとかと宣伝する弁護士やホームページも見かけますが,「適正な賠償額」を確保するという視点から見ると首を傾げたくなります。被害者専門といっても、加害者側には保険会社の弁護士が就きますから、被害者からの依頼案件が大部分となることは当然のことです(当事務所でも同じです)。保険会社の提示額の●倍の賠償額を獲得したといっても、そもそも保険会社の当初提示額が低すぎたからです(そのようなケースはたくさんあります)。当事務所でも当初提示額の●倍の賠償額を確保したケースは少なくありませんが,大きな声で宣伝するようなことではありません。
弁護士に依頼すると一般的には賠償額が高くなりますが、弁護士費用が必要となります。最近は自動車保険に弁護士費用特約が付加されていることが多いので、(保険金の限度額はありますが)これを利用することもできます。
最近は「自転車」による交通事故も多くなっていますので、自転車利用者は自転車保険等への加入が不可欠です。東京都では条例によって自転車保険等への加入が義務付けられています。ただし、自動車保険その他の保険に自転車保険が付帯されていることもあります。
私(北河)は,31年間にわたり(公財)交通事故紛争処理センター)の嘱託弁護士として示談斡旋を担当してきた経験と,『交通事故損害賠償法』(弘文堂、2023年1月に[第3版]を刊行)その他の専門書や論文を執筆してきた研究成果を踏まえ,「適正な賠償額」を確保できるように最大限努め,成果を上げてきました。
以下では、交通事故損害賠償で問題となる項目について問題点を含めて要点を説明しておきましょう。詳しく知りたい方は上記『交通事故損害賠償法[第3版]』をご覧ください。
なお、自転車事故であっても賠償額の計算方法は共通です。自転車事故については『裁判例にみる自転車事故の損害賠償』をご参照ください。
損害は、①積極損害 ②消極損害 ③慰謝料に分けて算定し、その総額が損害となります(個別損害項目積上げ方式)。
1 治療費
被害者が医療機関に支払った治療費はその全額が損害賠償の対象となるのが原則ですが,過剰診療・高額診療については一部否定されることがあります。自動車事故の場合でも,患者(被害者)が健康保険証を提示することにより健保診療が可能となりますが,患者からの積極的な申し出がない限り,自由診療扱いにされるのが通常です。私は,治療費も過失相殺の対象となることを考慮すると,傷害の内容・程度にもよりますが、特に治療が長期に及ぶ場合には健保診療をお勧めしております。
最近よく問題となっているのは整骨院(接骨院)の施術費です。医療機関より頻回で長期にわたる施術が行われ,高額の請求がなされていることが柔道整復師問題として指摘されています。
2 付添看護費
入院付添費は医師の指示があれば認められますが、医師の指示がなくても,受傷の程度,被害者の年齢などから必要性があれば認められます。医療機関が完全看護体制であっても認められないわけではありません。近親者が付き添う場合には1日当たり6,500円程度が認められます。
3 将来介護料(付:定期金賠償)
重度の後遺障害が残る場合には将来にわたって介護が必要となることがあります。近親者が介護に当たる場合には1日当たり8,000円程度が一応の目安とされています。
介護は一生涯必要となりますが、ここに大きな問題が生じます。重度の後遺障害の中でも遷延性意識障害(いわゆる植物状態)の場合には算定の終期をどこに求めるかという問題が出てくるのです。余命期間の問題です。余命期間は簡易生命表の余命に基づいて認定しますが、植物状態の場合には健常者の余命よりも短縮されるという指摘があるのです。
この問題に対処する方策として定期金賠償方式があります。定期金賠償方式の判決主文は「原告(被害者)の生存中、令和●年●月●日以降、毎月末日限り、月額●●万円を支払え」となるので、原告の余命期間を認定する必要がなくなります。しかし、原告(損害賠償請求権者)が一時金による賠償の支払いを求める旨の申立てをしている場合に、裁判所がその意思に反して定期金による支払いを命ずる判決をすることはできない、というのが判例の立場です。
4 入院雑費
1日当たり1,500円と定額化されています。
5 通院交通費
通院は公共交通機関(電車やバス)を利用することが原則ですが、被害者の年齢、症状、交通の便などのやむを得ない理由があればタクシー料金も認められます。自家用車を利用したときは実費相当額が認められますが、ガソリン代については15円/kmとされる例が多いようです。
6 装具・器具等購入費
必要性が認められれば、義歯、義足、義手、眼鏡(コンタクトレンズ)、車椅子、松葉杖、身障者用ベッドなどの装具・器具購入費が損害として認められます。将来にわたって買い替えが必要な場合には将来分も認められますが、交換年数が問題となります。
7 家屋・自動車等の改造費
自動車の改造が必要であれば、改造費用相当額が認められます。自動車自体の購入費については消極に解する裁判例が多いようです。将来交換が必要となりますが、交換(買い替え)期間は6年とする裁判例が多いようです。
家屋改造費については、後遺障害の内容・程度に応じて、必要かつ相当な範囲で認められますが、エレベータは同居の家族の便宜にもなるという理由で、設置費用の全額から家族の便宜分を控除する裁判例もあります。
8 成年後見人に係わる費用
被害者が遷延性意識障害など事理弁識能力を欠く常況になったときは、家裁に後見開始の審判を申立て成年後見人を選任してもらうことが必要となりますが、そのための費用も損害と認められます。
9 葬儀関係費
死亡事故場合ですが、原則として150万円とされています。ただし、実際の葬儀費用が150万円を下回る場合にはその額となります。
10 弁護士費用
訴訟の場合には認容された損害額の10%程度が損害として認められます。示談やADRでの解決では認められていません。なお、被害者が加入している任意保険の弁護士費用特約(弁特)から保険金が支払われても差し引く必要はありません。
11 遅延損害金
不法行為の日から(その日を含む)支払済みまで年3%の遅延損害金を請求できます。2020年3月31日以前に発生した交通事故については遅延損害金は年5%となります。
1 休業損害
(1)給与所得者
事故によって仕事を休まざるを得ず、その間、収入が減少したときの補償です。給与所得者(公務員や会社員)の場合は勤務先が発行する休業損害証明書により認められます。
欠勤期間中、有給休暇を利用したため減収を免れたときは休業損害として評価されます。
(2)家事従事者
家事従事者の場合は賃金センサスを基礎に算定されますが、家事にどの程度支障が出たのかが争われることがあります。特に兼業主婦の場合で、勤務先は欠勤していないときは争われがちですが、欠勤していないからといって家事に支障がなかったとはいえないでしょう。
(3)会社役員
会社役員の役員報酬には、①労働の対価としての部分と②利益配当的な部分とがあり、休業損害(逸失利益全般)の対象となるのは①の労働対価部分のみであると解されています。そのため、どこまでが労働対価部分なのかが争われることが多くなります。労働対価部分の認定は、役員報酬の額、企業の規模、当該役員の執務状況その他諸般の事情をきめ細かく考慮して、具体的・個別的に判断するほかはありません。ただ、個人企業の場合には全部が労働対価部分であることが多いのではないでしょうか。
(4)個人事業主
個人事業主(法人成りしていない)の休業損害(逸失利益全般)は、原則として事故前年の所得税確定申告所得(売上から経費を控除した後の純収入)を基礎に算定します。
申告書の収入と実収入額が異なる(申告外収入がある)と主張されることがあります。立証があれば実収入額を基礎に算定すべきですが、裁判所では申告外収入はまず認められません。
休業損害に独自の問題として、純収入に固定経費を加算して基礎とすべきである(売上から控除する経費は変動経費のみとすべきである)と解されています。売上に比例して増減する経費を変動経費、売上とは無関係に支出される経費を固定経費と称します。この考え方自体は裁判でも認められていますが、固定経費の範囲についてはまだ共通の認識はありません。
個人事業主についても会社役員と同じような問題があります。個人事業主の収入は、一般的に、①企業主の個人的手腕によって生み出される部分(本人の寄与部分)、②企業としての物的設備によって生み出される部分(資本利得部分)、③人的組織(家族や従業員)によって生み出される部分とから成り立っており、休業損害(逸失利益全般)は原則として本人の寄与部分を基礎に算定すべきであるとされています(最高裁昭和43年8月20日判決、ただし死亡逸失利益の事案)。
(5)企業損害
法人の代表者が事故により負傷し法人の売上が減少したときに、法人が損害賠償を求めることができるかという問題があります。法人が名ばかりの個人会社であり、法人と代表者との間に経済的一体性が認められる場合に限り認められるというのが判例となっています(最高裁昭和43年11月15日判決)。原則としては企業損害(間接損害)の請求は認められないと理解されています。
(6)違法収入
収入獲得の手段に違法性がある場合、たとえば売春行為による収入は現実の収入をそのまま基礎収入とすることは認められていません。
(7)幼児・児童・生徒・学生
アルバイトなどの収入がある学生は格別、収入のない幼児・児童・生徒・学生には休業損害はみとめられません。
しかし、後遺障害逸失利益や死亡逸失利益は認められます。その場合、基礎収入としては賃金センサスの男女別平均賃金が利用されてきたのですが、それではどうしても男女間格差が生じてしまいます。
そこで、近時の裁判例では、概ね被害者が中学生までの女子年少者については男女合わせた全労働者の平均賃金を基礎とすることが一般的となっています。
(8)外国人被害者
判例(最高裁平成9年1月28日判決)は、「予想される我が国での就労可能期間ないし滞在可能期間内は我が国での収入を基礎とし、その後は想定される出国先(多くは母国)での収入等を基礎として逸失利益を算定するするのが合理的」と述べています。
そうすると、一般的には休業損害は日本における収入を基礎として算定し、後遺障害逸失利益と死亡逸失利益の大部分は出国先(母国)における収入を基礎として算定することになるでしょう。
2 後遺障害逸失利益
後遺障害逸失利益は
<1年あたりの基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数>
という算式により算定されます。【設例】で具体的に説明します。
【設例】年収600万円(税込)の男性が事故に遭い、左下肢を膝関節から足関節までの間で切断し失いました。症状固定時の年齢は40歳でした。この被害者の後遺障害逸失利益を算定します。
まず「労働能力喪失率」が問題となります。自動車事故では損害保険料率算出機構による後遺障害等級の認定制度があるので、一般的にはそこで認定された後遺障害等級に対応する労働能力喪失率を使用することになります。
自転車事故ではこのような認定制度はないので困るのですが、加害者が自転車保険等に加入している場合には保険会社が顧問医の意見を聴き後遺障害等級を認定します。保険会社が費用を負担して損害保険料率算出機構に認定を依頼することもあるようです。
裁判所は上記のような労働能力喪失率が有力な資料となるとしつつも、具体的・個別的に判断すべきであるとしています(最高裁昭和42年11月10日判決、最高裁昭和48年11月16日)。
設例の被害者の後遺障害は後遺障害等級表では5級5号に該当し、労働能力喪失率表では喪失率は79%とされているので、ここでは労働能力喪失率を79%としておきます。
次に「労働能力喪失期間」が問題となります。これは被害者が何歳まで稼働できるかということですが、実務では一般的に67歳まで稼働できると考えられています。症状固定時の年齢は40歳ですから、被害者は向後27年間稼働できることになり、これが労働能力喪失期間となります。
向後27年間にわたる逸失利益を現在の一時金として賠償するので、そのために必要な作業が中間利息控除という作業になります。向後27年間にわたって発生する損害の「現価」を算定するわけですが、就労可能年数に対応するライプニッツ係数表が公表されているので、そこから係数を拾い出せばよいのです。それによると、27年に対応する係数は18.327となります。従って【設例】の被害者の後遺障害逸失利益は<600万円×0.79×18.327=86,869,980円>となります。
北河隆之『交通事故損害賠償法』(弘文堂・2011年)は,2023年1月に[第3版]が刊行されていますが,同書[第3版]刊行後の交通事故重要判例や、その他の分野の重要判例を,このコーナーで紹介していく予定です。 → 最新の重要判例紹介はこちら