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今回は「不起訴合意」について解説します。「不起訴合意」とは、特定の権利又は法律関係について「裁判所へ訴訟は提起しません」という私人間の合意のことです。(刑事事件で検察官が行う不起訴処分とは異なります。)
どのような合意をするかは当事者の自由ですが(私的自治の原則)、合意の内容が公序良俗に反する場合には当該合意は無効となります。憲法は「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪われない」(32条)と「裁判を受ける権利」を保障していますから、その権利を放棄することになる不起訴合意の有効性の判断には慎重でなければなりません。
新聞でも報道されたとおり、最高裁は、令和6年7月11日の判決で、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と元信者Aとの間で締結された「不起訴合意」について公序良俗違反であり無効と判断しました。
Aは昭和4年生まれの女性でしたが、身の回りに様々な不幸な出来事があり、旧統一教会に入会し、平成17年から27年までの間に合計1億0058万円を献金しました。さらに、自分の所有する土地を合計7268万円で売却し、その売得金のうち480万円を教会に献金しました。その余の売得金は松本信徒会(松本教会に通う信者の組織)に預託されましたが、平成27年までの間に合計2066万円が松本信徒会を通じて教会に献金されました。
Aは、平成27年11月、公証人役場に赴き、協会の信者が文案を作成した「念書」に署名捺印し、公証人の認証(私署証書について、文書が作成名義人の意思に基づいて作成されたことを公証人が証明するもの)を受けました。念書の内容は、「Aがそれまでにした献金につき、旧統一教会に対し、欺罔、強迫又は公序良俗違反を理由とする不当利得返還請求や不法行為に基づく損害賠償請求等を、裁判上及び裁判外において、一切行わない」というものです。これが問題となった「不起訴合意」です。
念入りなことに、教会は、Aが「念書」を教会に提出した際、Aが献金の返金手続きをする意思がないことを肯定するビデオまで撮影していました。
Aは、平成28年5月、アルツハイマー型認知症により成年後見相当と診断されています。
Aは、平成29年3月、教会に対し、損害賠償を求める訴えを提起しましたが、令和3年7月に死亡したため、長女が訴訟を引き継ぎました。
最高裁は「不起訴合意」の有効性について、次のように述べています。
「特定の権利又は法律関係について裁判所に訴えを提起しないことを約する私人間の合意(以下「不起訴合意」という。)は、その効力を一律に否定すべきものではないが、裁判を受ける権利(憲法32条)を制約するものであることからすると、その有効性については慎重に判断すべきである。そして、不起訴合意は、それが公序良俗に反する場合には無効となるところ、この場合に当たるかどうかは、当事者の属性及び相互の関係、不起訴合意の経緯、趣旨及び目的、不起訴合意の対象となる権利又は法律関係の性質、当事者が被る不利益の程度その他諸般の事情を総合考慮して決すべきである。」
そして、「本件不起訴合意は、亡Aがこれを締結するかどうかを合理的に判断することが困難な状態にあることを利用して、亡Aに対して一方的に大きな不利益を与えるものであったと認められる。したがって、本件不起訴合意は、公序良俗に反し、無効である。」と判断したのです。
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